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岐阜地方裁判所 昭和63年(行ウ)1号 判決 1990年7月16日

岐阜県羽島市竹鼻町3066番地

原告

浅野紀幸

右同所

原告

浅野あきを

右原告ら訴訟代理人弁護士

竹下重人

岐阜市加納清水町4丁目1122番地

被告

岐阜南税務署長 平岩金吾

右指定代理人

古江頼隆

外7名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が,原告浅野紀幸の昭和58年分相続税につき,昭和63年9月26日付でした再更正処分並びに重加算税賦課決定処分(昭和61年11月27日付更正処分並びに重加算税賦課決定処分を含む。)は,これを取消す。

2  被告が,原告浅野あきをの昭和58年分相続税につき,昭和61年11月27日付でした更正処分並びに重加算税賦課決定処分(いずれも昭和63年9月26日付再更正処分並びに賦課決定処分により一部取消がされた後のもの)は,これを取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  浅野銀一(以下「銀一」という。)は昭和58年5月10日に死亡し,同人の妻原告浅野あきを(以下「原告あきを」という。)と両名の子原告浅野紀幸(以下「原告紀幸」という。)が右銀一の財産を相続した。

2  右の相続にかかる相続税につき,原告らは,被告に対し,別表「本件課税処分の経緯」の「当初申告」,「第一次修正申告」及び「第二次修正申告」欄中の各「相続税額」欄記載のとおり当初申告,第一次修正申告及び第二次修正申告をした。

3  被告は,昭和61年11月27日付をもって,原告らの申告につき,別表「本件課税処分の経緯」の「更正及び賦課決定」欄記載のとおり更正及び重加算税賦課決定をした。

4  その後,被告は,昭和63年9月26日付をもって,別表「本件課税処分の経緯」の再更正及び賦課決定欄記載のとおり再更正及び重加算税賦課決定をした。

5  原告らは,被告に対し,前記3項記載の更正及び重加算税賦課決定につき,昭和62年1月23日異議申立てをしたが,被告は,同年4月22日付をもって原告らの申立を全部棄却する決定をした。

6  原告らは,更に,国税不服審判所長に対し,昭和62年5月16日に審査請求をしたが,同所長は,昭和63年3月11日付をもって,原告らの請求を全部棄却する裁決をし,原告らは同月15日に右裁決書謄本の送達を受けた。

7  しかしながら,被告のした更正処分及び再更正処分は,課税価格及び納付すべき税額を過大に認定した違法な処分であり,右更正処分及び再更正処分を前提とする重加算税賦課決定処分もまた違法な処分であるから,原告らはこれらの各処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし6の事実はすべて認める。

三  被告の主張

1  本件各課税処分の根拠

(一) 相続財産等の価額及び課税価格算定の根拠

原告らが銀一の死亡に伴う相続開始により取得した相続財産等の種類別明細は別表「相続財産等の種類別価額表」に記載のとおりである。

(1) 相続財産等のうち,同表の「(1)土地」,「(2)家屋・構築物」,「(3)事業用財産」,「(4)有価証券」のうちの「株式・出資」,「(5)現金預貯金等」,「(6)家庭用財産」,「(7)その他の財産」については,原告らの申告額(第二次修正申告額)のとおりである。

(2) 相続財産等のうち,同表の「(4)有価証券」のうちの「公社債」については,被告が調査したところ,①銀一が生前,第370回割引農林債券(額面総額72,830,000円,以下「本件債券」という。)を,日置清吉名義により買い付け,②本件債券のうち額面70,000,000円については,本件相続開始後である昭和58年12月に原告紀幸によって買い換えられていること,等の事実が認められ,本件債券以外の相続財産については,既に分割が終了していて原告両名が取得しており,原告らを除く相続人は相続を放棄する意思を表明していることなどから,本件債券を被相続人の相続財産として加算し,原告両名の間における未分割財産として,同表「被告主張額」欄記載のとおり算出したものである。

なお,本件債券の評価額は,相続税法22条及び相続税財産評価に関する基本通達197の3に従い,次の算式により求めた。

(発行価額)+|(総額面)-(発行価額)|×(発行日から課税時期までの日数)/(発行日から償還期限までの日数)

これによると,本件債券一口(額面100円)の評価額は次のとおりになる。

94円96銭+(100-94円96銭)×134日/365日=96円81銭

そうすると,額面総額72,830,000円の評価額は,次のとおりになる。

96円81銭×72,830,000円/100円=70,506,723円

(3) したがって,本件相続により原告らが取得した相続財産の総額は,158,012,103円であり,これから債務及び葬式費用の金額の合計額6,417,390円を控除した差引純資産価額は151,594,713円であり,更に,これに相続税法19条に規定する相続開始前3年以内に贈与があった場合の贈与財産価額3,000,000円を加算した後の課税価格(各相続人ごとに1,000円未満切捨て)の合計額は154,594,000円である。

(二) 相続税額の計算根拠

本件相続税額の計算根拠は別表「相続税額の計算明細表」及び「相続税の総額の計算」記載のとおりである。

2  本件課税処分の適法性

(一) 本件相続にかかる相続財産のうち,別表「相続財産等の種類別価額表」の「(4)有価証券」のうちの「公社債」は,相続人間において未分割の状態にあると認められるから,相続税法55条の規定により,当該財産を取得したものとして計算すると,その課税価格は,いずれも再更正処分における課税価格と同一となるので,同処分が適法であることは明らかである。

(二) 本件再更正処分が適法であることは前述のとおりであるところ,原告らは,本件債券を相続財産から除外して相続税申告書を提出し,また架空名義で買換えを行っている。右行為は,国税通則法68条1項にいう事実の隠ぺい又は仮装に該当するから,被告は,原告らに対し,重加算税の賦課決定処分を行ったものであり,同処分もまた適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(一)の(2)のうち,銀一が本件債券を日置清吉名義で買い付けていたこと,原告紀幸が本件債券のうち70,000,000円を買い換えたことは否認する。

(一)の(3)の主張はすべて争う。

同(二)の計算もすべて争う。

2  被告の主張2の主張はすべて争う。

第三証拠

証拠の関係は,本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし6の各事実(課税処分の経緯)は当事者間に争いがない。

二  そこで,被告の主張について検討する。

1  被告は,銀一の死亡に伴う相続開始によって原告らの取得した相続財産が,別表「相続財産等の種類別価額表」の「(1)土地」,「(2)家屋・構築物」,「(3)事業用財産」,「(4)有価証券」のうちの「株式・出資」,「(5)現金預貯金等」,「(6)家庭用財産」及び「(7)その他の財産」の各欄記載の財産を含み,その各価額が同表の各「申告額」欄記載のとおりであると主張し,原告もこれを明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

更に,同表記載の「(9)債務及び葬式費用」の価額や,「(11)純資産価額に加算される贈与価額」についても,被告は同表の「申告額」欄記載のとおりであると主張し,原告もこれを明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2(一)  したがって,本件において相続財産として当事者間に争いがあるのは,同表「(4)有価証券」のうちの「公社債」のみであることになり,この点につき,被告は,銀一は生前に額面総額72,830,000円の本件債券を日置清吉名義で買い付けており,これが相続財産に含まれるべきであると主張し,原告らは右事実を否認する。

そこで検討するに,成立に争いのない甲第3ないし第5号証,証人美濃猛及び同花村榮一の各証言,原告紀幸本人尋問の結果及びこれによって真正に成立したものと認められる甲第1号証(信用しない部分を除く。)を総合すると,次の各事実を認めることができる。

(1) 銀一は,先代から酒類販売(小売)及び食料品販売を受け継いで営んできたものであるところ,昭和41年ころには食料品販売を廃して喫茶・レストランを開業し,昭和51年ころからはたばこ販売も兼業するようになっていた。

原告紀幸は銀一の長男であるが,昭和38年に大学を卒業した後,昭和41年ころから銀一の営業を手伝うようになり,昭和48年ころからこれとは別にアサコウ不動産の事務所を構えて不動産業を営むようになった。

(2) 銀一は,昭和52年ころ,大和証券株式会社(以下「大和証券」という。)岐阜支店の店頭において,数千万円の割引債券を店頭現金決済(COD)の方法で購入し,以後毎年のように債券の償還期が到来する度に同支店の店頭において割引債券を購入するようになった。

銀一は,昭和54年12月にはヒオキセイキチ名義の保護預かり口座を開設し,日置清吉名義で割引債券を購入したが,債券は大和証券の保護預かりとせず,自らこれを保管した。

右債券の償還期である昭和55年12月には,同様の方法により佐藤文彦名義で267回割引日本信用債券額面総額65,000,000円を大和証券において購入し,更に昭和56年12月には同じく同人名義で358回割引農林債券額面総額68,870,000円を購入した。これらの取引は,大和証券の従業員が銀一の自宅や事務所を数度訪問して成立したものである。

大和証券の担当従業員は,日置清吉や佐藤文彦がいずれも架空名義であって真実の購入者が銀一であることを承知していたが,銀一が架空名義による取引を強く希望していたためこれに応じていた。

(3) 昭和57年12月には前記358回割引農林債券が償還期を迎えたが,銀一が病気で入院中であったため,当時大和証券岐阜支店店頭課長であった大野一夫は,原告紀幸と交渉して,同月20日前記債券の乗り換え分として370回割引農林債券額面総額72,830,000円すなわち本件債券を銀一が日置清吉名義で購入する旨の契約を成立させた。

日置清吉名義で購入することになったのは,原告紀幸から仮名取引にするよう指示があったためであり,これを受けて大野は,以前に銀一が使用していた日置清吉の名義で保護預かり口座を設定した。これらの交渉は,アサコウ不動産の事務所で数回にわたって行われた。

本件債券の買い付け金額は100円につき94円56銭で総額は68,868,048円であり,原告紀幸は償還される358回割引農林債券との差額1,952円を受け取った。また,本件債券は,昭和58年1月10日に原告紀幸に引き渡された。

(4) 原告紀幸は,本件債券の償還時期である昭和58年12月に,大野の後任の大和証券岐阜支店店頭課長美濃猛と交渉し,本件債券の乗り換え分として,別表債券乗換移動表添付別紙記載のとおり森正春外8名の名義で382回割引農林債券及び403回割引商工債券額面合計76,740,000円を購入し,本件債券の償還金との差額を受け取った。この取引は,原告紀幸の希望により,保護預かり口座を設定せず,店頭現金決済(COD)の方法で行われた。

更に,原告紀幸は,右各債券の償還期の昭和59年12月には,一部の乗り換え分として日置清吉名義で394回割引農林債券額面総額33,210,000円を,昭和60年12月には同人名義で406回割引農林債券額面総額35,000,000円を購入した。

(5) 原告らは,税理士花村榮一に依頼して,昭和58年11月10日に銀一の死亡によって開始した相続にかかる相続税の申告をしたが,昭和59年10月ころ税務署から相続税に関して調査を受けた結果,株券の申告漏れが指摘されたので,第一次修正申告を行った。

更に,昭和60年9月ころから,税務署は,前期相続税及び原告らの所得税の調査を並行して開始し,相続税に関しては現金,債券及び本件債券の申告漏れが指摘された。

原告らは,現金及び株券については相続財産に含まれないと一旦は主張したものの,結局第二次修正申告に応じたが,本件債券の相続による取得については当初から否認し,第二次修正申告時にも相続財産に計上しなかった。

なお,所得税の調査では,かなりの額の売上漏れが指摘され,原告らはこれに応じて昭和58年ないし昭和60年分所得税につき修正申告を余儀なくされた。

以上の各事実を認めることができる。

(二)  右認定の各事実に反して,原告らは,本件債券の取得を否認し,前掲甲第1号証及び原告紀幸本人尋問の結果中には,「大和証券と取引したことはなく,大野も美濃も知らない。銀一は,昭和54年ころ60,000,000円もの余裕資金を有してはいなかった。」との部分が存する。

しかしながら,大和証券の各担当者の国税局係官に対する供述書である乙第2号ないし第4号証の記述は十分に具体的で詳細であり,事実を体験したものでなければ供述しえないものと認められるし,証人美濃猛も在廷していた原告紀幸と以前に会ったことがあると明確に証言していることなどによれば,銀一が生前本件債券を有していたことは優に認めるに足るといわねばならない。

原告らは,前掲乙第2号ないし第4号証は国税局係官が各供述者をして相続税法60条に基づく調査であるかのように思い込ませた上での事情聴取によって作成されたものであるから信用性がない,また取引の方法や印鑑の扱いに関する供述に一貫性がなく不自然である,等と主張するが,国税局係官が相続税法に基づく調査であるように思い込ませたとの事情は証拠上認められないばかりか,たとえそうであったとしても,それにより供述者が虚偽の事実を述べるとは考えられないし,昭和54年からの長期にわたる取引の間にはその取引方法に変遷があったとしても不自然でなく,更に取引方法や印鑑の扱いにつき若干の曖昧な点はみられなくもないが,全体的にみて各供述全体の信用性を失わしめるほどではない。

なお,証人花村の証言や原告紀幸本人尋問の結果中には,相続税の調査中の昭和61年9月ころ原告紀幸と国税局係官が美濃や大野に面接をした際,美濃が差し出した原告紀幸の名刺がごく最近に作成したものであることを同原告が指摘すると,美濃は反論しなかったとの部分があるが,たとえ右事実が認められるとしても,これをもって直ちに前掲各証拠の信用性を左右する程度のものでないことは明らかである。

以上によると,原告の主張は採用することができない。

(三)  前記各事実によれば,銀一は昭和57年12月に原告紀幸を使者または代理人として本件債券を購入したものと認められ,被告主張のとおり本件債券は相続財産に含まれるというべきである。

3  以上のとおり,本件債券は相続財産に含まれるというべきところ,その評価額は,弁論の全趣旨によれば,相続税法22条及び相続税財産評価に関する基本通達197の3に従って計算すると,70,506,723円になるものと認められ,更にその余の相続財産の価額や債務及び葬式費用の額,純資産価額に加算される贈与財産価額が別表「相続財産等の種類別価額表」のとおりであることは当事者間に争いがないのであるから,課税価格の合計は被告主張のとおり154,594,000円(1,000円未満切捨て)になるものと認められる。

なお,弁論の全趣旨によれば,銀一の法定相続人は原告らの外に5名の子がいたが,右5名は相続を放棄する意思を表明していることが認められるから,本件債券は未分割のまま原告ら2名に法定相続分である各二分の一ずつの割合で帰属したものということができる。

これらを前提に原告らの納付すべき相続税を計算すると,右の課税価格の合計から遺産にかかる基礎控除48,000,000円(20,000,000円と4,000,000円に法定相続人数である7人を乗じた額を加えた額)を控除し,これを法定相続人毎に法定相続分に従って分割して相続税法所定の税率によって計算した額を合計すると,相続税の総額は25,792,000円となる(別表「相続税の総額の計算」記載のとおり)。右の総額に各原告が取得した財産の按分割合(いずれも0.50となる。)を乗じた額12,896,000円が各原告の納付すべき相続税額となるべきであるが,原告あきをについては銀一の配偶者であったために相続税法19条の2の配偶者の税額軽減が認められるので,別表「相続税額の計算明細表」13ないし22の計算によって結局7,546,705円が控除され,結局同原告の相続税額は5,349,200円(100円未満切捨て)となる。

以上によって算出される課税価格及び相続税額は,いずれも昭和63年9月26日付の再更正処分における金額と同一であるから,原告紀幸に対してなされた同処分及び原告あきをに対してなされた昭和61年11月27日付更正処分(再更正処分によって一部取消がなされた後のもの)は適法であると認められる。

4  次に,各原告に対してなされた重加算税賦課決定の適法性につき検討する。

前記認定事実によれば,原告紀幸は銀一が入院中であった昭和57年12月に同人の使者または代理人として本件債券の購入の交渉に従事していたものであり,更に銀一死亡後である昭和58年12月には本件債券の乗り換え分の債券の購入契約を締結していたのであるから,本件債券の存在及びこれが相続財産に含まれることを知悉していたというべきである。にもかかわらず本件債券の存在を秘して相続税申告書を提出したのであるから,これは国税通則法68条1項所定の「国税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし,その隠ぺいしたところに基づき納税申告書を提出していた」場合に相当すると認めるべきである。

原告あきをについては,銀一や原告紀幸と同居していたものであり,しかも前掲各証拠によれば,銀一が自宅において大和証券の担当従業員と交渉していた際に茶を出したことなどが認められ,また,銀一や原告紀幸が本件債券の存在を原告あきをに対して秘匿していたような特段の事情を認めるに足る証拠がない以上,当然家族として本件債券の存在及び相続財産に含まれることを認識していたと推認すべきである。したがって,原告あきをについても,原告紀幸と同様,本件債券の存在を秘して相続税申告書を提出したのであるから,国税通則法68条1項所定の事実の隠ぺいの場合に相当すると認められる。

以上によれば,被告が各原告に対してなした重加算税賦課決定は,いずれも適法であったというべきである。

三  したがって,被告が原告らに対してなした課税処分はいずれも適法であって,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条,93条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川端浩 裁判官 伊藤茂夫 裁判官 坪井祐子)

<以下省略>

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